文學ザッパ 其の参 [文章]

任意の5作家の本から、1センテンスだけを抜粋。
この作業に何の意味があるのか。


■電話では悪いと考え、杯を返しかたがた直接出むいたが、彼はリビングの編集機の台に向い合っていて、その顔も散乱するフィルムも、ベランダからの夕陽に染っていた。□
   田久保英夫『白光の森』


■誰でも一度は、母親という女性の身体の中にはまっていたことがあるのに、父親の身体の中というのは、どうなっているのか知らないまま、棺桶に入ってしまう。□
   多和田葉子『ゴットハルト鉄道』


■起ち上がって、手にした罐を戸棚に納いながら、自分の病気ばかりにかまけた迂闊さや、こんなふうだから永い病人は嫌われるようになるのだということや、それにつけても梶井に自分のそのような仕ぐさが目障りになりだしたのは恐らく最近のことであろうということなどを一度に考え、彼女は頬に血がのぼるような気がした。
   河野多恵子『蟹』


■しかし私は、この前の時の、お庭の見える座敷を取っておけと云う葉書を出し、従って今日来る事は通じておいたが、彼女等が出迎えるとは思っていなかったから、咄嗟にその人体(にんてい)と顔を再認識したのはえらいと思う。□
   内田百閒『第二阿房列車』


■他の展覧会に出してもいいが、矢張り帝展の方が大勢の人が見てくれるし、金をとるには都合がいいと思うし、母も矢張り何と云うことなしに帝展に通ると一人前の画家になったような気になってくれるので、一つかいてみようかと思っていると云った。□
   武者小路実篤『棘まで美し』
nice!(0) 

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。